「お腹が痛いんだよねぇ~」
「食欲がないんだよねぇ~」
「どんなに検査をしても何も出て来ないんだ」
そんな言葉を半年前から良く聞くようになった。
とある日の深夜2時30分に夢を見た。
光が点滅している。火の玉?
いや、どちらかというと心臓の鼓動の動きのようにも見える。
その点滅が脈拍と同じリズムに光っては消える。
そして、それは何度か光り、やがてす~と消えていった。
「きゃ~」と大声を上げて私は目覚めた。
時計の針を確認すると2時30分を指していた。
同日深夜23時30分、携帯電話が鳴った。
寝ようとしていた直前だった。
急いでタクシーを呼んで外出着に着替えた。
一分一秒を争う。
病院に到着。
全速力で病室へいき扉を開けた。
目に飛び込んできたものは心臓の動きを表す機械。
機械の線は何の動きもなくまっすぐに流れている。
「え!!」
ほんの少し前に病院にいたときには、確かにそれは波打っていた。
「あ~、間に合わなかった」
さっきまで一生懸命に呼吸していたその身体からは呼吸も脈拍も血圧も奪われていた。
しかし、その現実は、あまり現実とは思えない。今でも…。
机周りを整理していたら日記が見つかった。
色んなことが綴られている。
2年位前から、軽い腹痛が続いていたようだった。
しかし、何度「人間ドック」を受けても「CT」や「胃カメラ」をしても
異常がなかったらしい。
昨年6月にも、夏にも…何度も検査をした。しかし異常が見当たらない。
昨年12月、何度目かの検査のときも異常なし。
「今度、違う病院で検査したほうがいいよ」
と私が言うとさすがに
「そうだな。他の病院で検査してみよう」
今まで拒否し続けていたのに初めてそう口にした。
その矢先、
「食べ物を見ると吐き気がして食べれない」
「身体が黄色になってきた」
そんな連絡が来た。
黄疸が出ているということで病院で採血。
異常値が発見され、検査入院ということで何度目かのCT検査。
翌日、医師より呼び出された。
「すい臓癌の末期で、余命一ヶ月です」
「え…」「え!?」
一瞬耳を疑い、聞きなおしたが現実は変わらなかった。
もう、このまま家に帰れない。
可愛そうに…。
何で今まで何度も検査して分からなかったのか?
色々な思いが頭の中を駆け巡る。
その宣告から、週に4日は実家と病院に通う日々を続ける。
明らかに、会う度に衰弱していった。
一昨日より昨日より、昨日より今日。
あっという間に歩けなくなり、あっという間に起きれなくなり、
あっという間に話すことが困難になり、あっという間に水が飲めなくなった。
そしてあっという間に…。
一ヶ月という時間は、あっという間に過ぎていった。
「車…車、車で家に帰る」
それが鮮明な言葉の最後となった。
もはや家に帰る状態になかったが、できることなら自宅に帰してもあげたかった。
機械がまっすぐな線を描いている。
病院から知らせを受けた日、自宅の玄関の電気をつけようとしたが、
何度スイッチを押してもいっこうに明かりがつかない。
「何でこんなときに急に電球が切れちゃったんだろう…」
父は無言の帰宅となった。
すると不思議なことに玄関の電気がふぅっとついた。
今から考えると、
数時間前に夢で見ていた光は、命のともし火、父の魂だったのかもしれない。
そしてこの玄関の光は、父が別れを告げる手段だったのかもしれない。
もしくは、父が一足先に帰宅したのか。
霊力のある私は、病院でも父の様態が悪くなると、
自分の心臓が反応をして脈が乱れるため、護符を肌身離さずつけていた。
なのでどんな気も私に容易に近づける状態ではなかったはず。
それにも拘らず、父の念のほうが護符に打ち勝ったのだろう。
最期のお別れをしに来てくれた。ありがたかった。
葬儀は約200名ほどの人が集まってくださり盛大な儀となり、
あらためて尊敬すべき父だったことを実感。
父のために集まった下さった方々、そして御弔電、御供花をくださった方々、
この場をお借りして深謝いたします。